すみまよ日記

日々感じたことや読んだ本の感想など

『忘れながら生きる 群ようこの読書日記』の感想

群ようこさんのエッセイ『忘れながら生きる 群ようこの読書日記』を読んだ感想が、ブクログ通信で紹介されているのを見つけた。

なんか見たことあるレビューだなぁと思って、書いた人の名前を見たら自分のでビックリ!そういえばこんなこと書いていたっけ。

素直にうれしかったので、ブログにも記念に残しておく。

 

◇◇◇

 

個人的には、紹介されている本の中で読んでみたいと思うものはなかった。そう思ってしまったのは、群さんの読んだ本よりも、日常生活の方に興味を持ってしまったからかもしれない。
たとえば三味線を習うお話では、三味線には民謡・義太夫長唄・清元・新内・常磐津・小唄・端唄の種類があったり、三味線そのものにも太棹・中棹・細棹があるのも知らなかったので、とても興味深かった。
他にも愛猫のお話や、フリーマーケットをしてみたものの二度とやりたくないと思うほどの経験をされたお話などもおもしろかった。

 

◇◇◇

 

 

 

【内容紹介】

 

読んだ時間が楽しければ、それでいい
群ようこはひと月に何冊買う? 毎月の本代は? 着物本からプロレス本まで、膨大な本に囲まれ、猫と暮らす、のほほん読書エッセイ。

少しでも気になる本があると、手元に置いておきたくなってしまい、片っ端から買ってしまう。気がつけば、部屋のなかがとんでもないことに……。江戸のガーデニングから編み物の製図、翻訳小説、ラジオ基礎英語まで、毎月買った数十冊の本と、ネコとのシンプルで豊かな日常生活を綴った、時々しんみり&抱腹絶倒のエッセイ集。

 

 

自分の「核」なるものを育ててみたい

ブログって1年もサボっていいんだ、と思いながら読んだ。

 

blog.hatenablog.com

 

それくらいサボっても、また何食わぬ顔でしれっと始めればいいんだって。そう言われると気が楽になるけど、私の場合そこまで更新しないでいたら、二度と再開しないまま終わってしまう気がする。

 

なぜ書きたかったのかというと、私は「書きながら考える」タイプの人間だからだ。つまり、文章として書き出さないとあまり物事を深く考えられないのである。本を読んで感想を書き終わってはじめて「私はこんなことを考えていたのか」と思うし、行った美術展も、観た映画も、旅した場所も、ブログや寄稿先で文章を書いて、はじめて自分の中で立体的になる。

 

私はブクログという読書の管理や記録ができるアプリを利用しているが、特に本の感想を書くとき同じように思う。頭の中でモヤモヤしていた自分の考えが、文章にしてみて初めて形になるような気がするのだ。

また書いていると「なんだか嘘っぽい」「本当はこんなことを言いたいわけじゃない」と気づいて手が止まることもある。

そんなとき、自分の考えにもっと近い言葉はないか探し続け「そうそう、これが言いたかったのよー!」という文章が書けると本当にうれしく、自分の思いを言葉にするのって楽しいなと思える。

 

私の場合、ブログを続けることの一番の喜びは、キーボードの上で手を動かして文章を書くことによって、自分が何を考えているのかが次第に明確になっていくことである。ブログを書き続けることで自分の「核」を育てることができるというのは、そういう意味だ。

 

記事によるとチェコ好きさんは9年以上ブログを続けているらしいが、私は自分の「核」を育てられるほど、ブログを続けたことがない。お恥ずかしい話だが、一番長く続いた期間が、たったの3か月なのだ。

今度こそ、今度こそ、自分の「核」なるものを育てたい。それには、まず書き続けること。今までどうして続けられなかったのか、まず書き出して明らかにしなければ。

 

なぜ「はてなブログ」だったのか

その理由が書いてあるようなnoteを読んだ。

 

note.com

 

最近、ココ(note)の中で、何かを成し遂げなければならないという雰囲気をひしひしと感じている。「続ける才能」とか、「書く才能」とか、noteで書くこと自体が高尚な、意識高い系の話になっていて少し気後れ。

 

このnoteは約5年前に公開されたものだが、私は現在も同じような雰囲気を感じている。

noteで書いていたこともあるけれど、いつも「こんなの公開しちゃっていいのかな?」「場違いなのではないか」という思いにとらわれ、居づらくなって退会した。

書くことを仕事にしたい人には向いているかもしれないが、私には合わなかった。

 

その点「はてなブログ」には、日記をはじめいろんなタイプの記事がある。

書くからにはマネタイズしよう!多くの人に読まれる文章を書こう!みたいな雰囲気もなさそう。ここなら気後れしないで書けるかも?そう思いブログを開設した。

 

いいじゃない、そんな「才能」みたいなものに縛られなくっても。

私は、あなたの「どうでもいいじゃん」が読みたいんです。そして、楽しそうなことをしてる人がいたら、仲良くなりたいだけなんです。
書くこと、言語化すること、そしてそれを共有することを、楽しみましょう。

 

私の場合、noteでは書くことや言語化は楽しめても、共有するのに人一倍勇気がいる。

そして勇気を振り絞りやっと共有したあとも、スキがつかなかったらどうしようと心配になったり、反応が気になってしょうがなかった。

 

でも「はてなブログ」では、そういうのがない。

反応が全く気にならないといえば嘘になるけど、「スターをつけてもらえなかったらどうしよう?」というのはなく、スターがついてもつかなくても楽しめる。

もちろん、スターをつけてもらえたら、とてもうれしい(ありがとうございます!)。だけど、つかなかったからといって凹むことはなくなった。

これからもこの調子で、書くことや言語化、それを共有するのを楽しみたい。

 

布団の中で見るのをやめられない

もうずーっと前から卒業したいと思っている「スマホの見すぎ」

 

blog.hatenablog.com

 

X(旧Twitter)とインスタグラムの利用を止め、アプリだけじゃなくアカウントも削除してから、かなり見る時間は減っているんだけど、どうしてもやめられないのが「布団の中で見ること」。

 

記事にある「見ても何もならない」「起きたらいつでも見られるから無駄な時間」というのは、本当にその通り。

スマホを見続けて気がついたらけっこう時間が経っていて、慌てて寝ようとしたらなかなか寝付けなかったり眠りが浅かったりして、睡眠不足になっている。

何もならないどころか悪影響だと思うくらいなのに、それでもいざ布団に入ると見てしまう。

 

スマホ断ち 30日でスマホ依存から抜け出す方法』という本では、寝る前のスマホをやめる方法として、布団の中にいるときはスマホが手に触れないようにすることを提案している。

具体的には、寝室で充電せず別の部屋で行う(ワンルームの場合は引き出しにしまう)、スマホのアラームを目覚ましに使わず、目覚まし時計を用意する、といった方法だ。

 

でも、寝ている間スマホを別の部屋に置くのは抵抗がある。

もしスマホが別の部屋にあったら、緊急連絡があっても通知音が聞こえない。私には高齢の親がいるので、それでは困る。

それに、家族がその通知音で目が覚めて、彼らの睡眠を妨げてしまう可能性もある。それも避けたい。

 

じゃあ引き出しにしまってみる?朝スマホのアラームで目が覚めたって、そのあとスマホを見ることはないから、この方法ならできるかも?

そう思いやってみたけど、あれほど「今日から寝る前にスマホを見るのをやめて、さっさと寝よう!」と思っていたのに、電子書籍の続きを読みたくなって引き出しを開けてしまった・・・

 

そう、私は夜寝る前に本を読み、この先どんな話が読めるんだろうと楽しみな気分のまま、眠りにつくのが好きなのだ。

じゃあ紙の本にすればいいのではないか?そうすれば、スマホから発するブルーライトによって、脳が覚醒し眠りが浅くなってしまうとかいうのも防げるし。

ということで、布団の中でスマホを見るのをやめるため、夜は紙の本を読むことにした。こうして書いてみると、すぐに解決策を思いつけそうなものなのに、やけに遠回りしていて恥ずかしい。

 

 

決め手はコーヒーの温度

昨日、久しぶりに美容院に行った。

いろんな美容院に行ってみたけど、今お世話になっているところが一番好き。

 

「なるべく静かにすごしたい」を叶えてくれる

予約サイトから予約するとき、私は雑誌を読みたいので「なるべく静かにすごしたい」にチェックを入れる。

今までは、チェックを入れても見ていないのか、雑誌を読んでいても話しかけられることが多く、何かを読みながら答えるのは失礼だと思うと、おもしろい記事があっても途中で読むのをやめなきゃいけなかった。

でもこのお店は、どんな髪型にしたいかなど必要な質問だけして、あとは本当に静かに過ごさせてくれるからありがたい。

 

シャンプーが気持ちよくて極楽

私は美容院でシャンプーしてもらうのが大好きなんだけど、このお店のシャンプーは顔を左右に傾けて、首筋とか襟足まで丁寧に洗ってくれるのが気持ちいい。

あまりに気持ちよく癒されるせいか、シャンプー中だけじゃなく、ヘアマニキュアしてもらっている間も、うとうとしてしまう。

あと顔に布をかけられないのも気に入っている。別に布をかけられてもいいんだけど、私はない方が好き。

 

ホットコーヒーの温度が絶妙

もうこれからは、ずっとこのお店にしよう。

そう思った決め手がドリンクサービス。

ホットコーヒーをお願いしたら、その温度がちょうどいいのに感動した。

熱すぎず、かといって、ぬるくもない。誰に用意していただいても、絶妙な温度。

どうやって入れたら、あんなちょうどいい感じになるのか知りたい。

 

 

「嫌い」と言われて傷つくのは

「私は世の中の人に好かれるはずなのに」という前提があるからでしょ?

それって、すごい自信よね(笑)

 

カマたくさんの『お前は私じゃないし、私はお前じゃない~悩みが0になる人間関係術』を読んで、ガーンと頭を殴られたような気持になった。

ああ恥ずかしい。こんな図々しい前提で生きていたなんて。

 

嫌われたくないがために、やってしまうこと。

たとえば自分がやりたいことがあっても「これをしたら、あの人に嫌われる」と思ってやらなかったり、周りに同調して言いたいことを言わなかったり。

私の場合は、相手に媚びるようなことを言ったりもしていた。

 

そういうのは

『「私は好かれる」という前提で人づきあいをしている』

『「私は好かれる人間です」って堂々と言っているのと同じこと』

そう指摘されていて、ほんとそのとおりだし恥ずかしい。

 

カマたくさんのおっしゃるとおり、自分を好きになるのも嫌いになるのも、相手が決めること。

なのに私は今まで、それを自分の思い通りになるように、コントロールしようとしていたなんて、なんだかとても申し訳ない気持ちになった。

 

 

 

【内容紹介】

 

Xフォロワー数137万超の、歌舞伎町で一番クセが強いゲイバー店員・カマたくが
人間関係のお悩みをぶった切る!
スカッと痛快!キレッキレの毒舌に、思わず共感。
●人間関係も大掃除が必要よ。
●「私は主役よ~、そこどきなさ~い」って堂々としていればいいのよ。
●虫に対してぶちギレてるやつ、ヤバいでしょ?
●同じ土俵に立ったら負け、闘わずして勝てばいいの。
●全員から好かれて当然だとでも?
●あんたが幸せにならないのは、あんたの価値観で生きていないからよ。

自分の世界に必要のないものをどんどん捨てていくと、とってもラク
「私は私、お前はお前」というスタンスでいきましょ♪

 

 

やればやるほど自信を失い不安が増す

以前『見るだけで脳がよくなる 1分間瞬読ドリル 超かんたん!入門編』をやってみたけど、制限時間が短すぎて無理ィ!という記事を書いた。

 

それでも「この章の問題は無理だったけど、他のはできるかも」と気を取り直し、めげずに続けていたけれど、本日とうとうギブアップした。

 

きっかけになったのは、5つの文を見て共通点を探せという問題。

たとえば、こんな文があるとする。

 

・海辺で花火をする

・庭でスイカ割をする

・肌に日焼けの跡がある

・お盆に帰省する

・夏祭りで綿あめを買う

 

(『見るだけで脳がよくなる 1分間瞬読ドリル 超かんたん!入門編』96ページより)

 

この5つの共通点は「夏のイベント」なんだけど、この問題の制限時間が1問につき1秒だというのだ!

 

たった1秒で、できるわけないやろぉぉぉぉぉ!

 

1秒なんてさ、パッと問題見て、さぁ考えようとする前に終わっちゃうんだよ!

文章をひとつひとつ読もうとせず、5つの文全部をかたまりでとらえるようにしろっていうけど、かたまり見たらもう終わっちゃうっつーの!

嘘だと思ったら、時計の秒針見てみてよ!1秒なんてあっという間だから!

 

心の中で思いっきり文句を言ったあと、体験者の声を見て不安に襲われた。

脳力アップして仕事の効率化に役立ったという30代の会社員や、90歳のおじいさんがお孫さんと楽しんでいるとか、頭の回転が速くなって瞬時に物事を判断できるようになったという私と同世代の女性。

他にも集中力が高まった、記憶力がよくなったという様々な年代の方々の声を読んでいたら、すっかり自信を失ってしまった。

 

みんな、どうして1秒でできるんだろう。なんで私にはできないんだろう。

自分だけがポンコツでダメ人間みたいに思えて泣けてくる。

でも、今までどうにかこうにか生きてこられたじゃないか。もちろん自分一人で生きてこられたわけじゃなく、周りの人たちに助けられ支えられながらだけど。

そう考えたら、瞬読ドリルができないからといって自信を失うことも不安になることもないのかなと思い直した。

脳力アップできたら、それに越したことはない。だけど、どんどん自信を失って不安が増してしまうくらいなら、もうやらないでおく。